
第2日:2003.07.13(日)
今日の行程:ストラスブール→オー・クニグスブール城→コルマール泊
作成日:2003.09.07
ストラスブールの朝 7:00起床。天気は晴れ。ちょうど7時の鐘が広場に響き渡っていた。今日も快晴で暑くなりそうだ・・・。夕べは2時過ぎくらいまで目の前の大聖堂広場は人のざわめきが絶えなかったが、今は人影がない。ホテルの前の広場は日中は車が進入禁止になるが、今はパン屋の配達や清掃車などがやってきている。ちびたはぐっすり寝たのでゴキゲンになっていて、窓の前に置いた椅子の上に乗って窓枠につかまってつかまり立ちをしながら、通りかかる車などを指差してよろこんでいる。
準備をしてから7:50に2階の朝食堂に行く。同じフロアなのだが、実際にはつながっている隣の建物なので、途中に階段の上り下りがある。
朝食堂はきれいで明るい(左の写真)。4人掛けのテーブルに着くとスタッフがやってきてフランス語で何か話しかけられた。良く分からないが、ちびた用の椅子を持ってきてくれるらしい。少し待っていると子供用の椅子を持ってきてくれて、クリーナーできれいに拭いてくれた。言葉は通じていないが心遣いがうれしかった。
朝食のビュッフェは内容も豊富で、ハムやチーズも何種類かあり、パンのほかにアルザス地方名物のクグロフKougelhopfという王冠型をした甘いパンもあった。少しボソボソしているが焼きたてだったらもっと美味しいかもしれない。コーヒーはとても濃厚で、久しぶりのヨーロッパを実感する。
朝からお腹一杯になって8:35に部屋に戻る。
ストラスブール市内観光その1(大聖堂広場) 出発の準備をしてから部屋とロビーの間をスーツケースを持って3往復。エレベーターがないとちょっとつらい・・・。
9:25にチェックアウト。昨日宿帳に何も記入していないが、プリントアウトされた清算書にはきちんと名前も住所も書かれていた。
いったんグーテンベルク広場の地下駐車場に停めてある車に戻って荷物を積み込んでから市内観光に出かける。スケジュール通りなら今日は1日かけてワイン街道巡りなのだが、夕べはイル川の観光船だけでダウンしてしまったので、初日から早速スケジュールは狂ってしまった・・・。
グーテンベルク広場Place Gutenbergはその名の通り活版印刷術を発明したとして有名なドイツ・マインツ生まれのヨハネス・グーテンベルクJohannes Gotenberg(1400頃〜1468)が1434年にストラスブールに移り住んで印刷機械を発明したことを記念したもので、広場にはメリーゴーランドとともにグーテンベルクの銅像が建っている(左上の写真)。
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もう一度ホテルの前の大聖堂広場に戻ってホテルの一階の入口の隣にあるおみやげ物屋(左上の写真)をのぞく。ゆうべ観光船を下りたあとレストランを探しているときにきれいな水彩の絵があったというので店の前の絵はがきのスタンドを見る。中から気に入った絵と絵はがきを選んでお店の中に入ると、可愛らしいコットン製の蓋のない箱を売っていた。アルザスのシンボル、こうのとりや民族衣装の子供やプレッツェルなどの絵が描いてある。思わずねこたとまこママがそれを買う。
レストランやカフェが広場に椅子を並べて営業開始の準備を始めている間を抜けて、広場を横切って大聖堂へ行く。中に入るとちょうど日曜日のミサをやっていて(右上の写真)内部を見学することは難しい。早々に外に出てくる。
このストラスブール大聖堂Cathédrale de Strasbourgは11世紀に創建されたゴシック様式の教会で、高さ142mの塔を持つ。全体的にピンクがかって見えるのはヴォージュ山脈から切り出してきた砂岩の色のせい。そのため夕日を浴びるとバラ色に輝く。大聖堂広場に面した正面の入口のタンパン(半円壁)はキリスト受難の場面を現していて、中央には聖母子像がある(上の写真)。とても細かく精巧に彫られているので「石のレース編み」とも言われているらしい。
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大聖堂を後にして、大聖堂の正面から伸びる道を歩く。大聖堂広場に面した右側の角は「鹿の薬局Pharmacie du Cerf」と呼ばれ1268年から続くフランス最古の薬局と言われていたが、だいぶ前に閉店してしまい今は15世紀に建てられた美しい木組みの家だけ残っている。
この道はグーテンベルク広場との間のわずか70〜80mの短い道だが、両側には夕べ食事をしたレストランやおみやげ物屋が建ち並ぶ(左上の写真)。おみやげ物屋の店先には今朝食べたクグロフ用の陶器や同じくアルザスの名物料理ベックオフBaeckeoffe(ジャガイモと白ワインでマリネした肉を重ね焼きしたオーブン料理)用の陶器が売られていた(右上の写真)。
ストラスブール市内観光その2
プティット・フランス Petite France再びグーテンベルク広場に戻ってくる。夕べは大勢の人でにぎわっていた広場も今はほとんど人がいない。メリーゴーランドも止まったままだ。
広場を通り抜けて「プティット・フランスPetite France」と書かれた白い標識に従って路地を歩いていく。すぐにトラムが走るディヴィジョン・ルクレール通りrue de la Division Leclercに出る。ちょうど信号が赤になって両方向からトラムががやってきた(左の写真)。ちびたはベビーカーから身を乗り出して指差しながらウーウー言っている。
1994年に完成したストラスブールのトラムはLRT(ライト・レイル・トランジット)方式を採用し、いち早く低床式連接タイプの車両を導入。今では一般的になってきたP+R(パーク・アンド・ライド)と組み合わせて市街地中心部への車の乗り入れを基本的に禁止している。今ではA線〜D線(Ligne A〜D)の4系統が運転されている。
通りを渡ると左角にパン屋さんがあり、ウィンドウには焼きたてのクグロフが並んでいた。通りの正面にはサン・トマ教会Eglise Protestante St-Thomasの三角屋根が見えている。そのまま歩いていたら、右手のお店から「ムッシューMonsieur!」と声がかかる。何かと思うとお菓子屋さんのマダムが焼きたてのマカロンMacarons(小さな丸いクッキー)を手渡してくれる。ちびたももらっておいしそうに食べている。帰りに買うことにして「メルシーMerci!」と言ってお菓子屋さんをあとにする。
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左にサン・トマ教会と小学校を見てそのまま「プティット・フランスPetite France」の標識に従って歩いていこうとすると、左手の道の先に昨日船から見た木組みのきれいな建物が見えたので左に曲がる。すぐにイル川にかかる橋に出て、橋の向こうにその建物があった。
橋の名前はサン・マルタン橋Pont Saint-Martinで、橋の向こうの木組みの建物はその名も「オー・ポン・サン・マルタンau Pont St-Martin」という名のレストランだった(左上の写真)。橋の上からはイル川の上に建つ建物(ホテル)の下から水が勢い良く流れ出してくる様子やそのすぐ脇にある観光船が通る水門が良く見える(右上の写真)。
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橋の上でみんなで写真を撮ってから橋のたもとから階段で川沿いの遊歩道に下りる。水門のほうに向かって歩いていき、水門の上で写真を撮っていると、後ろから観光船がやってきて水門に入ってきた(左上の写真)。昨日は船から水門を抜ける様子を見ていたが、今日は上から船の水位が上がっていく様子が見れて面白い。
水門の先が世界遺産にも指定されている「プティット・フランスPetite France」の中心部で、色々な本で見た景色が目の前にある。対岸に木組みの家が建ち並んでいて(右上の写真)、観光客がたくさんいる。こちら側は4ツ星ホテル「レジャン・プティット・フランスRégent Petite France」のテラスレストランになっていて、きれいな花で飾られたテラスの前を通り抜けるとホテルの正面玄関があるムーラン河岸通りQuai des Moulinsに出る。
ホテルの前を通り、運河をひとつ渡って右に曲がると正面にクヴェール橋Ponts Couvertsの塔が見える。昔は屋根付きだったためクヴェール(英:covered)と呼ばれ、3本の運河を一気に渡っていく。橋のたもとには3つの塔があり、昔は町を守る役割を果たすと同時に牢獄としても使われていたそうだ。
クヴェール橋を左に渡って、川の上流側にイル川を堰き止める形で横たわる、一見すると建物のようにも見えるヴォーバン・ダムBarrage Voban(左の写真)に向かう。
ヴォーバン・ダムは1690年頃町の防御を強化するために、クヴェール橋のさらに外側(上流側)に設けられた堰で、良く見るとダムの下部のアーチ部分には柵があって水が向こう側から流れてくる様子がわかる。このヴォーバン・ダムの屋上は日中一般に公開されていて、階段で上れるようになっている。
階段を上って屋上に出ると、屋上はパノラマテラスTerrasse Panoramiqueになっていて、ここからプティット・フランス地区を一望できるようになっている(上の写真)。遠くには大聖堂の尖塔も見える。午前中は残念ながら逆光になってしまうが、夕方ならきれいに見えるだろう。ベンチも置いてあるのでゆっくりと心ゆくまで景色を楽しむことができる。1階には公衆トイレもあった。
眺めを楽しんでからクヴェール橋に戻って三連の橋を一気に渡る。三つ目の橋を渡って運河脇の階段を下りてレストランのテラス席の間を抜けて木組みの家の間の路地からバン・オ・プラント通りrue du Bain aux Plantesに出る。
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このバン・オ・プラント通りにも木組みの家が何軒か建っている。細い通りの両側が木組みの家(左上の写真)になるとプティット・フランスの中心部に戻ってくる。右に曲がるとフザン橋Pont du Faisanで、渡ると先ほど通ってきたホテル「レジャン・プティット・フランス」がある。この橋は鉄でできた可動式の橋で、下を観光船が通るときは回転して船を通過させるようになっている。このフザン橋のたもとにはアルザスのシンボル、コウノトリ(ニセモノ)とコウノトリの巣があった(右上の写真)。
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フザン橋から戻り、バン・オ・プラント通りを数軒進むと、プティット・フランス地区の心臓部、メゾン・デ・タヌールMaison des Tanneursという1572年創業というレストランのところに出てくる(左上の写真)。タヌールは皮なめし工職人という意味なので、直訳すると皮なめし職人の家ということになるが、昔はここでなめした皮を水洗いなどしていたらしい。レストランになったのは百年前くらいのことのようだ。まわりはちょっとした広場になっていて、カフェやおみやげ物屋などがならんでいる。女性の絵描きが運河の様子や木組みの家の絵を描いて売っている。ちょうどミニ・トラン(ミニ列車)がやってきて人がいっぱいになってしまった。
広場から細いダンテル(レース)通りrue des Dentellesの路地を歩いていく。通りの左側のお土産物屋の前にコウノトリのぬいぐるみが出ていたのをちびたが見つけて指差しながらウーウー言うので青い服をきてフランス国旗のトリコロール色(胴体は白、くちばしは赤)になったコウノトリをひとつ買う。
来るとき通ってきたお菓子屋Biscuiterie St Thomas(右上の写真)の前を通りかかると、また声が掛かって試食して行けと言う。いくつか試食させてもらって、ミックスのマカロンを買う(euro5.50)。
トラムが走るディヴィジョン・ルクレール通りを渡って、グーテンベルク広場に戻る。地下の精算機で駐車料金(euro13)を精算して、11:40に車に戻る。
ストラスブール〜オー・クニグスブール城 ちびたを車に乗せ準備をして11:49に出発する。今日はこれからアルザス・ワイン街道を南下してコルマールに向かうのだが、すでにお昼になってしまったのと、途中にオー・クニグスブール城というフランスではパリのエッフェル塔やモン・サンミッシェルに次いで3番目に観光客が多く訪れるという有名なお城を見学しようと思っているので、ワイン街道の村巡りは難しいかもしれない・・・。
駐車場を出て、さきほどプティット・フランスに行くときに通った道でトラムが走るディヴィジョン・ルクレール通りrue de la Division Leclercに出る。ここで左折してイル川を渡り、サン・ニコラ教会の先で病院広場Place de l'Hôpitalから病院通りを通って運河を渡り、高速の標識に従って右折して高速に入る。
すぐにパリ方面に向かうA4号線と分かれてコルマールに向かうA35号線に入って南下する。エンツハイムEntzheimにあるストラスブール国際空港への分岐を見送ると周りには田園風景が広がるようになる。
コルマールに向かうA35号線はまだ全線開通しておらず、サン・ディエSt. Dieに向かうA352と分かれてオベルネー出口からN422号線となって一般道になる。出口がロータリーになっているので少し渋滞したが、ロータリーを過ぎたらまた順調に走り出した。
しばらくすると道はそのまままた高速A35号線になり、すぐにオベルネー出口の案内が出る。遠くに見えていたヴォージュの山並みが近くなり、山のふもとにところどころ赤い屋根の集落が見える。せっかくなので高速ではなく一般道を走ろうと、オベルネー・ニーダーネー出口で高速を下りてオベルネーの町に向かう。
地図では駅を右に見て線路を渡ってからワイン街道は左折になっているが、線路を渡るとそのまま旧市街の中心部に入っていく。どうやら道を間違えてしまったらしいが、このオベルネーObernaiの町は木組みの家やパステルカラーの家が建ち並ぶとても素敵な町だった(左上の写真)。
このオベルネーはアルザス地方の守護聖人である聖オディールの出生地だそうだ。時間があればゆっくりと歩いてみたい町だった。狭い道は途中から一方通行になり町の奥まで行って道なりに左に曲がると戻ってくる一方通行になる。教会の脇を通ってもう一度もと来た道に出て駅へと戻る。
駅の先のロータリーでバールBarr、セレスタSélestatの標識に従って右折する。右手のヴォージュ山脈にはところどころ城跡が見える。再び高速A35号線に入ると一気にセレスタが近づく。ワイン街道を走るためには街道の集落の順番をきちんと追っていかないと難しい。大きな町の名前だけを追っていくとすぐに高速に案内されてしまう・・・。
セレスタ中央Sélestat Centre出口を見送り、セレスタ市街を左に見るとオー・クニグスブール城の案内看板が出てくる。セレスタ西Sélestat Ouest出口で高速を下りてオー・クニグスブールの標識に従って進む。
キンツハイムKintzheimの集落に入る手前で大きな鳥が飛んでいるのが見えた。コウノトリだ。道路沿いのレストランの屋根の上に巣があって、2,3羽が止まっているのが見えた。
キンツハイムもワイン街道の集落で、両側花一杯の家の間の坂道を上っていくと教会に突き当たる。右折してすぐに左折するとキンツハイムの中心部で、両側に木組みの家が並んでいる(左上の写真)。
集落の中を抜けると、道は森の中に入っていき、右に左にカーブを繰り返しながらグングンと上っていく。ところどころ道路際まで迫る斜面はピンク色をしていて、このヴォージュ山脈の石を切り出して建てた建物がみんなピンク色なのが頷ける。リボーヴィレから上ってきた道と合流して少し上るとオー・クニグスブール城の周りをぐるっと一周する一方通行の道になる。この道の両側が駐車スペースになっていて、なるべく城に近いところまで上って行って車を停める。13:01到着、65.9km、24℃。
オー・クニグスブール城 Château du Haut-Koenigsbourg 道路わきの急な斜面の上に樹木の間からオー・クニグスブール城のピンク色の外壁が見える。そのままお城の入口につづく近道の案内もあるのだが、急斜面なのとベビーカーを押して行ける道ではないので、そのまま車道の端をベビーカーを押して上っていく。
上り詰めたところにはテラスがあり、そこからは眼下に緑の森とはるかライン川を越えてドイツ領の黒い森までの間に広がるアルザス平野の様子が一望できる(上の写真)。テラスの片隅にはキオスクがあって絵ハガキやキーホルダーをはじめ、飲み物やサンドイッチなどを売っている。
もう13時を回っているので、先にお昼を食べようということになり、テラスにあるテーブル席の空いているところを見つけて席を確保してからサンドイッチ売り場の列に並ぶ。フランスパンにハムとチーズが挟んであるサンドイッチと350ml入りのミニッツメイドの青リンゴの缶ジュース3本でeuro15だった。景色を眺めながら食べるのは楽しいのだがとにかく暑い。途中でパラソルの下の席が空いたので席を移ったがそれでも暑かった。あんまり暑いので食後にキオスクでペットボトルの水を2本買っていく。
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キオスクの前から「Entée du Château」の案内看板にしたがって城壁(左上の写真)に沿って城を眺めながら歩いていく。下から見上げる何層か重なった城壁は結構圧迫感がある。少し歩くと右手に広場があり、そこにチケット売り場と城への入場口がある(右上の写真)。
オー・クニグスブール城は1147年に南北走るワイン街道と東西に走る塩と銀の交易路の交差点に位置する標高755mの山に建てられた。後にハプスブルク家の所有になり、1479年にティエルンシュタイン家に領地として与えられた。17世紀初頭の30年戦争の際にスウェーデン軍の攻撃にあい、一ヶ月以上も攻城戦が続いた後焼き討ちされて全焼している。その後約二世紀の間放置されたが、アルザスが1871年の普仏戦争後にドイツに併合された後の1899年にそれまでの所有していたセレスタの町からドイツ皇帝ヴィルヘルムU世に寄贈されている。ヴィルヘルムU世は建築家のボド・エバルトに城の修復を依頼し、1900年から1908年にかけて実に丸八年もかけて修復された。さらにその後第一次世界大戦後の1918年、ベルサイユ条約によってアルザス地方とともにこの城はフランス領となり今に至っている。
入場料(euro7×3)を払う。係りのおねーさんに「日本人?」と聞かれて「そうだ。」と答えたら日本語のパンフレットをくれた。
城壁をくぐって中に入る。ティルンシュタイン家の紋章が描かれた門(左上の左側の写真)をくぐり落とし格子の下を通り抜けると下庭へ出る。右側には建物があり、中はレストランになっている。この下庭から建物の中へ入るのだが、その前に入口の向かいにある小屋へ行く。小屋はクロークがわりで、ここで大きな荷物などを預かってくれる。うちもベビーカーを預けて番号札をもらう。
入口でチケットを切ってもらって中へ入る。城壁の内側に作られた階段を上っていく(左上の右側の写真)と、跳ね橋があって、内堀を跨いで内部に入っていく。
途中には井戸があって、底を覗き込んでも真っ暗で見えない。深さは62mもあるらしい。そのまま進むと貯蔵庫に入っていく。ワインの大樽や台所とつづく。
螺旋階段を上って三階へ上がるとそこは住居スペースで、「祝典の間」と呼ばれる部屋には鹿の角で飾られたシャンデリアや壁画がある。天井にはドイツ皇帝のシンボルの鷲の紋章が描かれている。
南側住居を通って螺旋階段で二階へと下りると、礼拝堂、そして鹿の角がたくさん並ぶ「狩の記念の間」とつづく。次の「武器の間」には壁面に矛槍や剣、ボーガンなどが並び、甲冑などが展示されている(左上の写真)。部屋の隅には青銅色の大きな陶器製の暖炉も置かれている。
そこから跳ね橋で堀を渡ると城壁に囲まれた庭に出る。大きな木が何本か立っていて木陰が涼しい。
さらに西側にあるのが大城砦で、西側の山の上から大砲で攻められないように建てられたもので、階段を上って中に入る。ここまでまこママとねこたに抱っこされていたちびたは、階段を自分で上りたくて、まこママに支えられながら自分で階段を上って喜んでいた。
跳ね橋を渡ると大砲が据えてある砲座で、周囲の山へ睨みをきかせている。ここからは西側の山々と東側に続く平野を一望することができる(左の写真)。
要塞の内側の保塁を通って階段を下りると城の北側の広場に出てくる。広場は北側を屋根付きの城壁に囲まれ、露出した城の台座になている岩の間を通って出口へと向かう。
出口の扉を開けると、そこは先ほど建物に入ってきた下庭だった。小屋へ行ってベビーカーを受け取り、ちびたのオムツを替えに行ったねこたとまこママを15世紀に造られた泉の前で待つ。交代してトイレに行って帰りがけに売店で絵ハガキを買ってくる。
城門から外へ出て車に戻るが、来るとき通ってきたキオスク経由の道は大回りなので、途中から急斜面につけられた近道をベビーカーをたたんで慎重に下っていくと停めている車の近くに出てきた。
オー・クニグスブール城〜コルマール 15:15、サウナみたいになった車の窓を開けて出発。湿度がないので走り出すとすぐに車内は涼しくなる。ちびたがいるのでエアコンは温度を抑えて弱めに運転している。
一方通行になっているオー・クニグスブール城の周りを一周してもときた道に戻る。リボーヴィレの標識に従って右折してヘアピンカーブが続く森の中の山道を一気に下っていく。このあたりはほとんど視界が利かない。坂道は日光のいろは坂や箱根の旧街道並みの旧坂だ。
一気に下っていくと森を抜けてようやく周りが見えるようになる。ブドウ畑の間を下っていくとサン・イッポリトSt-Hippolyteの集落で、教会の前でワイン街道に突き当たる。
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右折してワイン街道を進むと次の集落はロルシュヴィルRorschwihrだ。集落を抜けるとあたり一面がブドウ畑になる(左上の写真)。思わず道端に車を停めて写真を撮る。さらに進むと今度は左前方に次のベルクハイムBergheimの集落が見えてくる(右上の写真)。アルザスワイン街道の名に恥じない景色が続く。
ゆるやかに右に左にカーブをしながらヴォージュ山脈とアルザス平原部の間の山すそに沿って道は続いている。左手にカローラCarolaというミネラルウォーターの工場が見えるとワイン街道の中では比較的大きなリボーヴィレRibeauvilléの町に入る。町の入口には4ツ星ならぬ4ツ花の村の標識が出ていた(左の写真)。
この標識のすぐ先右側に駐車場がある。わりと広のにほぼ満車だ。たまたま1台出て行ったあとに停めることができた。15:42到着、78.7km。
車から下りて周りを見回すが旧市街らしい建物はどこにもない。道路の反対側からは遠くにプールが見えて、小さな子供を連れた家族連れでにぎわっているのが見える。とりあえず街道に沿って街中のほうに歩き出すが、暑いのでイヤになってくる。しかもここから旧市街まではそうとうありそうだ・・・。
3人に待っていてもらって、車を取ってくる。車に乗って街道を進むと、少し先にようやく旧市街らしい建物が見えてきた。右折して集落の中に入っていく前の車に続く。駐車場を探しながら少し坂になった道を進むが駐車場は見つからない。途中で左折して門をくぐると旧市街の中心部分へ入ってきてしまった(左の写真)。そのままぐるっと回って教会の下を通ってもときた道に戻る。車を停めるところはない・・・。
仕方ないので、いったん街道まで下ってさらに先に進むと、集落の反対側の入口にいくつか駐車場があるのが見えた。
本当はゆっくり見学したいのだが、車を出し入れしたり道に迷ったりしていたのですでに16:00を過ぎている。今日はこのあとコルマールも観光したい・・・。明日もう一度ワイン街道に戻ってくることにして、そのまま停まらずにリボーヴィレを後にする。
このあとはワイン街道をひたすら疾走。途中立ち寄ろうと思っているカーヴの案内や、リクヴィルへの分岐などを見送って90〜100km/hで突っ走る。アンジェルアイムIngelsheimからコルマールへは準高速となる。
コルマール市街へ入って国鉄のガードをくぐるとコルマールの中心部になる。市内の地図を持っていないので、地球の歩き方の地図が頼りだ。しかも一方通行の嵐で、「中心部」の標識に従って走っていたが途中で分からなくなる。
旧市街に近づくに連れてなぜか制服警官の姿が多くなる。パトカーで進入禁止にしている道もある。右手に緑の公園が広がっているところで、前の車が歩道に立っていた警官に道を尋ねていたので、前の車の後ろに停めてうちも道を教えてもらうことにする。男性と女性の二人組の警官は二人とも英語が話せなかった。地球の歩き方の地図を見せて、今どこにいるのかということと、今日のホテル「ル・マレシャル」に行きたいということを身振りでなんとか伝える。女性の警官はこちらがドイツナンバーなのを見てドイツ語を話してくれているが、こちらはフランス語もドイツ語も分からない。なんとか現在位置に印をつけてもらって現在地を把握することができた。ホテルへはこのまままっすぐ進み、次の次を左折、その次をもう一度左折ということもわかって一安心。警官たちにお礼を言って出発。
言われた通りに次の次を左折すると、次の角にはホテルの案内看板が出ていた。もう一度左折すると100mほどでホテルの前に出てくる。ホテルには駐車場はないが、予約した際にメールでホテルの前が駐車場だと書いてあった通り道を挟んでホテルの前が駐車場になっていた(左上の写真)。
15台くらいしか停められない駐車場は満車で空きがない。仕方ないのであたりをぐるぐる回る。3周くらい周りを回ってきたらようやく空きができた。16:46到着、99.6km。
コルマール Colmar 荷物をホテルに運んで17:00にチェックイン。名前を言って予約確認書を見せ、宿帳に記入して部屋に案内してもらう。小さいとはいえ一応4ツ星なので、荷物はあとから部屋に運んでくれる。
建物はきれいだが古く、内部は入り組んでいてリフトは3階までしかない。部屋は建物の最上階の5階で、離れた2箇所の階段を通って部屋に行く。あとから荷物を運んでくれたボーイさんは荷物がとても重いので真っ赤になって狭い階段を運び上げていた・・・。
このホテルは各部屋に音楽家たちの名前が付けられていて、まこママが泊まった90号室は「ボレロ」で有名なフランスの印象派の作曲家、ラベルRabelの名前のプレートがドアに貼ってあった。うちが泊まった91号室にはなぜか名前がなかった。
5階は三角屋根の傾斜の裏側90号室と91号室の2部屋しか無いのでフロア全体が貸切状態だ。91号室は3ベッドでバス・シャワー付きだが、部屋の中には別にシャワールームも付いている。もちろんエアコンも付いていてとても快適だ。しかも90号室からは眼下にプティット・ヴニーズの中心の橋も見下ろせる。91号室からはコルマールの市街が一望できる。
落ち着いてから17:20に観光に出かける。ホテルの門から右に出て、駐車場の隣の広場の門で右に曲がってテュルヌ通りRue Turenneに入るとすぐに運河に架かる橋がある。ここがコルマールの観光ポイントの中でも人気の高い「プティット・ヴニーズPetite Venise」と呼ばれる運河沿いの界隈の中心部で、この橋の上からうちが泊まっているホテル・ル・マレシャルを撮った写真(左上の写真)の構図はガイドブックやポスターなどでよく見かけるものだ。ちょうど観光用の小船がやってきた。
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ここコルマールはオー・ランHaut-Rhin(高ライン)県の県庁所在地で人口は7万人弱、ストラスブールより小ぢんまりとしていて可愛らしい町だ。このコルマールの中心部を流れるのが運河になったローシュ川La Lauchで、イル川やライン川と繋がって、13世紀から交易で栄えてきたらしい。
橋の上で交替しながら写真を撮っていると、ホテルと反対側では少し先のレストランの前から運河巡りの小船が出発していた(左上の写真)。
橋の先から左に折れるポワソヌリ(魚屋)河畔通りQuai de la Poissonnerieに入ってすぐ左手にレストランのテラス席があって、その一角でマダムが切符を売っている。料金は一人euro4.50だった。ベビーカーはマダムに預かっておいてもらう。
乗り場はテントをくぐった先で、テントに「小船出発Depart des Barque」と書いてある。ちょうど前の船が出発したところで、次の船に一番最初に乗り込む。船といっても8〜10人乗りの木のボートにバッテリーを積んだだけの簡単な小船なので、バランスを取って乗り込まないと船がひっくり返りそうになる。すぐに満員になって出発する。結構人気が高く、すぐ後ろに待ち行列ができた。
出発すると小さな運河の流れとは逆に上っていく。ポワソヌリ河畔通りのすぐ脇を美しい木組みの家々(右上の写真)を眺めながら進んでいく。橋の下をくぐる時は頭を下げないとぶつかってしまいそうなくらいギリギリのところを通過していく。
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二つ目の橋のところでUターンしてもときた運河を今度は流れに従って下っていく。途中次々と船とすれ違うが、どの船もみんな満員だ。さきほど写真を撮っていた橋をくぐり、ル・マレシャルの前を通り過ぎると家が途切れる。その先のサン・ピエール通りBoulevard St-Pierreの橋の手前の左側に花で飾られたレストランがあって(左上の写真)、ここからも小船が出発していた。
その先は両側は林に囲まれた住宅地となり広い庭を持った家が時々現れる。両側の木々が川面まで垂れ下がるローシュ川(右上の写真)は静かでゆっくりと流れている。いい加減に飽きてきたころようやくUターンして出発地点に戻っていく。だいたい40分くらいの遊覧だった。
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船を下りて切符売り場のマダムにお礼を言ってちびたをベビーカーに乗せてポワソヌリ河畔通りを歩く。ポワソヌリ河畔通りは最初は狭い路地だが、すぐに運河に沿うようになる。運河に面して木組みの家々が建ち並んでいる。それぞれのカラフルなパステルカラーの壁が夕日を浴びてきれいに青空に映える。川沿いの歩道には数メートルおきに花のプランターがあって、満載の花が運河に色を添えている。
小船が引き返した橋(左上の写真)を渡ってタヌール(皮なめし職人)通りRue des Tanneursを旧市街へ入っていく。右手に大きな木組みの旧税関Ancienne Douaneがあり、その先右手が広場になっていた。広場の名前は旧税関広場Place de l' Ancienne Douaneで、広場を囲むように裁判所の建物(右上の写真)があり、1階がレストランになっていた。
本当はここからが旧市街のメインで、ウンターリンデン美術館まで行きたいのだが、もう時間も遅いのと、暑さと睡眠不足で疲れてしまったので明日に回して、裁判所の前から大通りGrand Rueをホテルに向かって戻っていく。18:50に部屋に戻る。
コルマールの夜 今日はハーフボードなので、ホテルのレストランで夕食だ。一応4ツ星なのでTシャツに短パンっていうわけにはいかないので、襟付きのシャツに着替えていく。ちびたにもちょっとオシャレな服を着せる。19:20から1階の運河に面したレストラン「J.S.Bach」で夕食。シックな装いのレストランはロマンチックでいい雰囲気。ウェイターに案内されて席に着く。まだ他には1組しかお客がいなかった。すぐにちびた用の椅子を持ってきてくれる。
若いウェーターが来てコース料理の説明をしてくれるが早口でよく分からない。サーモンとチキンって言ったような気がしたが、はてさて・・・。
「飲み物は?」と聞かれて、地元のリースリングのハーフボトルと水を頼むと、ワインは明日立ち寄ろうとしていたワインセラー、ベッカーBeckerの「リースリング”フローエン”Riesling frohen becker 1/2 2000」だった。
料理のほうはまず小エビの入ったテリーヌ(上左の写真)で始まり、2皿目は脂身で巻かれたハム(味は?)にサラダ添え(上中の写真)、3皿目はサーモンのソテー(上右の写真)。このあたりでワインの酔いも手伝って眠くなってくる。フランス料理のコースは時間がかかる・・・。
ようやくやってきたメインは鳥肉のローストに酢キャベツ添え(上左の写真)で、もうこの頃にはお腹もいっぱい。ちびたは眠くてぐずりっ放しとなり、そのうち眠ってしまった。デザートはイチゴの上にムース状になったクリームがかかったものにアイスクリーム添え(上中の写真)。残念ながらちびたは眠ってしまっていてデザートが食べられなかった。食後にエスプレッソを頼んでオマケのお菓子をつまむ(上右の写真)。すべてが終了して部屋に戻ったのは21:05。実に約2時間かかった夕食だった・・・。
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まだ明るさが残る中、ねこたとちびたが先にお風呂に入る。替わってまこたが風呂に入る頃、ようやく風呂場の窓から見えるコルマールの西側の家並みの上に見えるヴォージュ山脈に夕日が沈んでいった。
風呂から上がって少し暗くなってから眠ったちびたとねこたを部屋に残して三脚を担いで夜景を撮りに行く。もう少し明るいかと思ったが、意外に街灯が少なくしかも暗い。ホテルの夜景(左上の写真)やポワソヌリ河畔通りの入口の写真(右上の写真)を撮って早々に部屋に戻る。
しばらくすると旧市街の方向から花火が上がる音がする。風呂場の窓を開けて身を乗り出すと、裁判所の方向に見える教会の上に花火が見えた。今夜は何かのお祭りか?(理由は次の日わかった)。レシートを整理して23:50に就寝。
第2日目走行距離:99.6km